121系電車が運転開始してから今年で29年 国鉄形式消滅へ

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国鉄分割民営化される年、
昭和62年1月15日四国で初めての電車が
午前5時半計測器具などを積み込んで4両編成で 
高松-坂出 多度津-観音寺・琴平間で
試運転が行われました。
当時はまだ宇多津-丸亀間の高架が完成していない頃で
坂出は、瀬戸大橋が開通してしばらくたった頃でした。
試運転に使われた車両は当時四国向けに
開発された車両121系38両でステンレス車体
赤色帯の入った2両編成の車両でした。
電化は民営化される8日前の
昭和62年3月23日に開業し予讃線高松-坂出間を27分で結び
4両編成で運転、途中、香西・讃岐府中・八十場には
前側2両がホームにはみ出るためドアが開きませんでした。
赤色帯の入った121系は、瀬戸大橋が開通するまで
全て青色帯に変わり。坂出-宇多津間の電化は
民営化後された年の秋に開通し2両編成で
運転することになります。
国鉄121系電車が運転開始してから今年で29年
導入した頃のドアの開け閉めする押しボタンはなく
車内は第1と第2編成を除けば変わりません。
JR四国121系電車
国鉄形式消滅すでに決定していますが
全てが7200系になれば国鉄分割民営化される年の
国鉄の面影がなくなってしまいます。
写真は2016年2月20日
予讃線鬼無駅
15時12分 高松行
15時35分 観音寺行きの列車を
撮ろうと雨が降る中、待っていたら
来たのはJR四国121系電車17編成でした。

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