JR四国 121系電車
国鉄分割民営化される年、昭和62年1月15日四国で初めての電車が
午前5時半計測器具などを積み込んで4両編成で 高松-坂出
多度津-観音寺・琴平間で試運転が行われました。
当時はまだ宇多津-丸亀間の高架が完成していない頃で坂出は、
瀬戸大橋が開通してしばらくたった頃でした。
試運転に使われた車両は当時四国向けに開発された車両121系38両で
ステンレス車体に赤色帯の入った2両編成の車両でした。
電化は民営化される8日前の昭和62年3月23日に開業し高松-坂出間を
27分で結び4両編成で運転、途中、香西・讃岐府中・八十場には
前側2両がホームにはみ出るためドアが開きませんでした。
赤色帯の入った121系は、瀬戸大橋が開通するまで全て青色帯に変わり。
坂出-宇多津間の電化は民営化後された年の秋に開通し
2両編成で運転することになります。
昭和62年3月電化開業後各121系の電車にシャトル列車のペットマークが
JR誕生20周年に各ペットマークが
昭和62年秋のダイヤ改正により一旦は高松発坂出行きの列車は一旦は廃止となっていました。